目星と調味料のススメ

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作品に感情移入できなくても良くない?

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小説とか、ドラマとか、映画とかの感想で、

「この主人公には感情移入できませんでした」

みたいなこと言うヤツってたくさんいるよね。

あれ、どういうつもりで言ってんだろうな。

雰囲気から察するに、おそらく

「否定的な意味」

で言ってるんだろう。

つまり、

「感情移入できなかったので、面白くなかった」

という意味だ。

でもさ、これを聞くたびに、いつも思うことがある。

「感情移入できなくても良いではないか」

ということだ。

動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか

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感情移入することが良い場合

もちろん、感情移入することが良い場合も多くある。

自分を登場人物に照らし合わせて気持ちが動いたりすることだって、物語の醍醐味の一つだろう。

一緒に泣いたり、怒ったり、笑ったり、気持ちを共有できるのだ。

自分が物語の中に入り込み、登場人物の一人としての時間を過ごすことができる。

物語の楽しみ方としては、スタンダードだろう。

一般的な視点だ。

というか、物語を楽しもうという時、ほとんどの人が

「登場人物に共感できるか」

という期待を持つものではないだろうか。

僕も、普通はこういった見方をして物語を楽しんでいる(別に、意識して見方を変えているわけではないが)。

これなら、共感できない、イコール、面白くない、と考えるのは当然かな。

しかし僕は、自分が共感できないようなキャラクターが主人公だからといって、それが

「面白くない理由にはならないのではないか」、

と思っている。

感情移入できなくても良い

物語の楽しみ方の一つとして、

「もう一つの人生を歩める」

ということが挙げられると思う。

作家の北村薫氏の言葉に、

「小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思います。」

というのがある。

物語の中で、もう一つの人生を過ごす、というわけだ。

それならば、変身願望とまではいかないが、今の自分とは違った性格の方が楽しめるのではないか?

しかし、主人公が嫌なやつだったり、好ましくないキャラクターだと、そんな気持ちも失せてしまうかもしれない。

その時は、その物語を楽しめないだろうな。

その物語は変わらなくても、時が経ち、自分は少しづつ変化していって、登場人物への考えや理解も変わってくるかもしれない。

そんな楽しみ方もあるのではないだろうか。

あの「ハリーポッター」だって、

「生意気だ」

だの、

「反抗的だ」

だのと散々言われていたのだ。

しかし、素晴らしい作品であることに間違いはない。

まあ、母数の大きすぎる「ハリーポッター」を例に持ち出すのは反則っぽいけど。